2016.02.15

ひび割れや虫食いに強く、長期保管にも適したハンコの素材「象牙」とは

 世の中には多種多様な素材で作られたハンコがありますが、中でも一番の王様は象牙と言えるでしょう。ハンコに必要な要素である耐久性、捺印性、印影の美しさを兼ね備えているからです。

象牙の特長

 象牙とは上あごにある牙のように伸びた一対の門歯。角系の印材に比べてもひび割れや虫食いに対して非常に強く、何十年という長期間の保管が求められる実印、銀行印に必要な「耐久性」があります。

 さらに耐磨耗性にも優れています。ツゲなどに比べ、捺印回数が多くても磨り減らず、朱肉の付きが良く、印影がくっきりと鮮明です。綺麗な印影を残すためには、朱肉が付きやすいことに加え、朱肉が離れやすい性質も必要ですが、象牙はこのバランスが良いのです。

 このように象牙はきめが細かく、組織が非常に緻密なため、印面彫刻時にスムーズに印刀を走らせることができ、精密な彫刻が可能です。手彫り職人の中には、象牙を彫る時は襟を正す、という人もいるほど。

象牙印材の登録について

 「象牙のハンコって、法律で禁止されてるのでは?」と疑問を持つ人もいるでしょう。象牙はワシントン条約(※1)により1989年以降、国際取引(輸出入)が禁止され、日本の「種の保存法(※2)」でも取締りが定められています。しかし、政府認定シール(※3)のついている象牙は、国内での取り引きが認められています。1989年以前に輸入された生牙や象牙印材は政府に登録され、それら登録済みの象牙を国内で売買することは違法ではないのです。なお、1999年と2008年に象牙の一時輸入がおこなわれましたが、これも国際社会に認められた正規の取引です。

 象牙の売買をおこなう業者は、政府への登録と販売管理が義務づけられ、政府に登録された生牙や印材には経済産業省が発行する認定シールが添付されます。いわばこのシールは、「密輸品や不正な品ではない」と政府が認めた安心の証。象牙のハンコは政府の登録店で、認定シールがついている物を購入しましょう。

象牙認定シール

象牙認定シール

※1 ワシントン条約……絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する国際条約。
※2 種の保存法……日本の伝統文化を守るため、アフリカ象をはじめ、動植物の保護に有効利用の観点から新たに制定された法律。
※3 国内で象牙を扱う事業者は、環境省・経済産業省に届出をする義務があり、届出が受理された事業者は、「特定国際種事業者」と呼ばれ、届出ステッカーが配布され、店頭に表示するよう指導されています。また、製品には標章(認定シール)を付けて販売。適正に登録された原材料から製品までの経路がたどれる象牙製品については、製造業者の申請にもとづいて環境省・経済産業省(認定機関:財団法人自然環境研究センター)が標章を交付しています。

ソフトとハード? 象牙の産地

  象牙の産出国はアフリカ諸国。現在は輸出入禁止になりましたが、日本国内では公的な管理のもとで販売がおこなわれています。
 象牙は、象の生息地の違いにより、ハードとソフトに大別されます。ハードはソフトに比べ硬く、透明感と光沢があり、薄いピンク味を帯びた色合い。ソフトは色合いが白に近く、現在、印章業界に出回っている象牙印材のほとんどがソフトです。希少価値もありハードの方が珍重され、値段も高価です。ハードの原産国は主にコンゴ、ザイール、ガボン、中央アフリカなどで、密林地帯に住むアフリカ象。ソフトはジンバブエ、ナミビア、ボツワナなど、サバンナ地帯の多い国。環境の違いに加え、遺伝子の違いもあるといわれています。さらに、一定の地域で採れる、ソフトとハードの中間の素材もあり、それらは「セミ」、「相の子」と呼ばれています。

 象牙は、同じ牙でも印材を採った部分によってランクがあり、価格差が生じます(下図)。牙の中心部に向かうほど目が細かく揃っていて、色合いや目の細かさなどでも品質が変わるのです。芯の部分から限られた本数しか採れない「芯持ち」は最高水準の貴重な印材とされています。

芯の部分から限られた本数しか採れない「芯持ち」は最高水準の貴重な印材とされています。

芯の部分から限られた本数しか採れない「芯持ち」は最高水準の貴重な印材とされています。

牙次印(げつぎいん・牙継印)

 牙次印とは、印材の胴部に黒水牛やシープホーン、印面部に象牙を使いつなぎ合わせた印材。戦前、象牙の輸入が非常に少なかった時代に、貴重品の象牙を印面に使う工夫として生まれました。

 組み合わせる素材の違いで膨張率が異なるため、つなぎ方が悪ければ長年使ううちに外れてしまうこともあり、製造には高度な技術が必要です。腕のいい職人がつなぎ合せれば継ぎ目がわからないほど精密。現在では作られることは少なくなったようですが、細工物として価値があがっています。

 牙(と角)を「継」いでいますが、表記は「牙次印」とするのが一般的です。

印材以外の用途

 象牙は印材だけなく、様々な用途に加工されています。三味線のバチや琴の爪、ネックレス、イヤリング、彫刻された置物など。その素材の美しさや耐久性で、実用品、工芸品としても高級な素材です。

 大阪象牙美術工芸協同組合発行の冊子「橒(きさ)~関西象牙業界のあゆみ」によると、日本における象牙製品は、「江戸時代、享保年間(1716~1735)に大坂の彫り氏、吉村周山が中国製の象牙細工を見てこれを模倣したのが始まりと言われ、主に根付の象牙彫が行われていた」とあります。同書に紹介されている、明治から昭和にかけて作られた象牙製品には以下のようなものがありました。
・喫煙具
昭和10年代から35年頃に紙巻きタバコの登場まで、喫煙具(パイプ、ライター、シガレットケースなど)には、象牙パイプのほか、金、銀巻や彫刻を施した高級品がありました。
・茶道具
茶杓、棗(なつめ)、香盒(こうごう)、箸、鞐(こはぜ)、袋口など。
・室内娯楽用品
麻雀牌、将棋駒、サイコロなど。最上級のものは象牙製でしたが、昭和40年以降は安価で丈夫なプラスチック製が普及しています。
・軸先
掛け軸の軸棒の両端に取り付けるもの。象牙の他には水晶や黒檀、陶器など。
・ステッキの柄
明治初期にヨーロッパで「シルクハットにステッキ」というスタイルが流行し、大正~昭和初期に日本でも流行。柄に象牙を使った高級品が人気でした。
 他にも、数珠や宗教用具、聴診器、ビリヤードの球、ピアノ鍵盤などが紹介されています。

 

象牙印材についてさらに詳しく知りたい方は、
月刊 現代印章 増刊号 知らないと恥ずかしいハンコ屋の常識をご覧ください。

 

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